TRPG「クトゥルフの呼び声」のリプレイ小説です。シナリオは「幽霊屋敷」
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十一、
二日目の朝。探索者たちは、腹を決めて一部屋ずつ屋敷の中をチェックしていくことにした。彼らはまず、入り口から入ってすぐの、左側の小部屋を探索することに決めた。
その部屋に入ると、たくさんの箱と壊れた電熱器、古い自転車といったがらくたが散乱していた。どうやらここは物置のようだ。かいわれは自転車を見ると、突然それを叩き壊し始めた。そして、「地獄におちろ~~~」と呪詛を唱えながらスポークを抜き始める。どうやら、このスポークを武器にするつもりらしい。これもジャパニーズニンジュツなのだろうか。
次にJJたちは西の戸棚を開けて、中から三冊の本を取り出した。うち二冊はウォルター・コービットの日記であり、残り一冊には『ドジアン』という表題が付けられている。リンドウは、まずコービットの日記を手に取った。
その日記には、コービットが行ったオカルト的実験についての詳細が記されていた。邪悪なものとの接触・召喚が彼の主要なテーマだったらしい。そして、(文字が擦れていて良く読み取れなかったが)どうやらコービットは、ついに「ニャルなんとかかんとか」とかいう邪悪な者との接触に成功したようだ。そのあまりに冒涜的な内容に、日記を読んでいたリンドウは吐き気を催した。
その後、JJは怪異の手がかりを求めて、「ドジアン」と書かれた書物を読みふけったが、ただの徒労に終わった。彼の知力では、この書に書かれた内容を何も理解することはできなかったのである。こうして二日目も過ぎていった。
十二、
三日目。彼らは昨日に引き続き一階の部屋を調べた。まず、左側の二つ目の部屋に入るが、この部屋には目ぼしいものは何もない。リンドウはムカついて壁に一発発砲した。壁に銃痕を残し、彼らはその部屋から立ち去った。
その隣の部屋はバスルームだった。「ようし、フロに入っておこう」と、JJは服を脱ぎだしたが、水道をひねっても水が出ない。どうやら水の出はかなり悪いようだ。JJはムカついて壁の鏡を殴り割り、一同はバスルームに鏡の破片を散乱させて、その場を後にした。
次に、彼らは入り口から見て、右側一つ目の部屋へと入った。ここはどうやら居間のようだ。ラジオや長椅子が置かれ、棚の上には飾り物などがある。ごくありきたりな部屋だった。JJたちはテーブルの上のラジオをつけてみた。ラジオからは陽気なジャズが流れ出す。彼らは陽気なジャズに浮かれながら、棚の上に置かれたマトリョーシカを思いっきり床に叩き付けた。マトリョーシカは粉々に砕け、中から小さいマトリョーシカが現れる。
「オレ、マトリョーシカ好きなんだ」
そういって、JJはマトリョーシカをパカパカと開いていき、一番最後に出てきた、もっとも小さいマトリョーシカだけを懐にしまった。信じられないことだが、彼らはこのような行為を、狂気に陥るでもなく、全て平常心のまま行っているのだ。トーマスがこの光景を見ていたら、彼らに依頼した自分の判断を悔やんだに違いない。
次に、彼らは戸棚を開けた。戸棚の中には海苔が置かれていた。
「米とおかかがあればオニギリ作れるでゴザール」
と、かいわれが喜んでいる。思わぬところで故郷の食品に出会い、気が高ぶっているようだ。かいわれは、他にも乾物がないかと棚の中をゴソゴソ探し始めた。すると、干ししいたけが出てきた。煮干がなかったことを悲しみながらも、かいわれは海苔と干ししいたけを懐にしまった。
十三、
隣の部屋に入ると、そこは食堂だった。食卓と七脚の椅子が整然と並べられている。
「ナルホード、どうやらこの屋敷は一階が生活の場で、二階が寝室になってるワケでござーるネー」
「ということは、この隣の部屋はおそらく台所か……」
果たして、その隣の部屋はやはり台所であった。通りいっぺんの調理器具が揃った、ごく一般的な台所である。
「ダシ取ろうぜ、ダシ」
ヘキサがそう言うと、JJが石炭を、かいわれが干ししいたけを懐から取り出す。そして、石炭に火をつけ竈に投げ込み、そこらにあった鍋に干ししいたけを投入して、ダシを取り始めた。
「塩で味付けしたら、吸い物になるでゴザーリマース」
かいわれは塩を取り出して味付けし、彼らは吸い物(?)を飲み始めた。この時代のアメリカには醤油はないのだ。
と、その時である。二階の真上の部屋から、ドシンドシンと大きな音が聞こえてきた。初日に聞いた音と同じ、奇怪な大音である。リンドウは即座に拳銃を引き抜き、音がする方へ向かって3発撃ちこんでみた。すると、上からの奇怪な物音はバッタリと止まったではないか!
「仕留めたのかしら?」
リンドウは聞き耳を立て、上の様子を伺ったが、やはり何の物音も聞こえてこない。
「今更だが……。これは、普通に住人がいただけでも死んでるな……」
と、リンドウがボソリとつぶやいた。
十四、
他人を誤射していたなら、それはそれで流石に不安である。彼らは大音の原因を確かめるべく、二階へと上がろうとした。だが、彼らが階段を上ろうとしたとき、再び、先程と同様のドスンドスンという音が聞こえてきたのである。
「死んでなかったのか……」
リンドウは安心したような、不思議でたまらないような、複雑な表情をしている。とにもかくにも、先程のリンドウの銃撃でも、この館の怪異は解決できなかったのだ。JJはそのことについて、しばらく黙考していたが……
「よし、みんな聞いてくれ。いま、オレたちはお吸い物を飲んで大変良い気分である。いま帰れば、今日一日をとても幸せに終わることができる。怖いし、めんどくせーし、とりあえず一度帰ろうぜ」
さんせーい。満場一致で彼らは退却を決意した。ドスンドスンと物音を響かせ続ける部屋から背を向け、さっさと館から出て行ったのである。初日では、何らかの警告を発しているかのように思われたこの怪異な物音も、今となっては、探索者たちに無視され続けた己の空しさをアピールするかのように、物悲しく鳴り響いていた。二階の物音はムキになったかのように、さらにドシンドシンと強く音を立て続けたが、彼らは「吸い物美味しかったなー」などと言いながら、気にも留めずに館を後にした。
十五、
その夜、JJの元にトーマスから電話がかかってきた。
「あのー、最近ワシの屋敷から頻繁に銃声が聞こえる気がするんじゃが……。おまえら、もしかして屋敷内で発砲とかしてないか?」
「ああ、全然そんなことないですよ。僕たち口でぱーんぱーんとか言ってるだけですよ、アヘヘ」
JJはくだらない言い訳で言いくるめようとしたが、もちろん、そんなことを真に受けるトーマスではない。
「分かった、分かった。とにかく、後で屋敷の破損状況はチェックして、しかるべき修繕費を請求するからな」
ケッ、知ったことかよ、ペッ! 受話器の向こうでJJがツバを吐く音が聞こえてくる。トーマスは心底イラついて、「もうこいつ死ねばいいのに」と思った。
「あ、そうだ。なんか二階からドスンドスンと変な音が聞こえてくるんですけどね。あれ、たぶん、あんたの屋敷の二階、アライグマの巣になってますよ。そういうことで、もう調査終わりでいいスかね?」
何を適当なことを言ってやがる……。トーマスは更なる怒りを飲み込んだ。
「分かった、分かった。じゃあ、原因はアライグマでいいから、あんたらアライグマの駆除もよろしく頼むぞ。とにかく怪異さえ起きなくなれば、こっちはそれで構わんのだからな!」
「いや、そういうことは保健所に頼んだ方が……」
「うるさい! おまえがやれ!」
トーマスは乱暴に受話器を叩きつけた。
十六、
次の日、彼らはいつものように朝からコービット館の前に集まったが、JJ一人だけいつもとは様子が違っていた。そう、彼は朝から泥酔していたのだ。
「ウィ~~、二階の探索は怖ェからよゥ! 朝から酒飲んじまったぜィ!」
そうして、JJは酔いに任せて、ガッハッハと笑いながら、どんどんと二階へ進んでいった。例の如く、上からまたドスンドスンと怪異な物音が聞こえてくるが、まったく意にも介していないようである。私立探偵たちは、少し怯えつつも、JJの後を追った。
二階へついたJJは、一番手前の部屋をバーンと開けた。そこはバスルームであった。JJはヘラヘラ笑いながら、手当たり次第に配管などを殴りつけた。信じられないことだが、彼は決して精神に異常をきたしたわけではなく、酒は入っているものの、全て正気の上でこれをやっているのだ。実にタチが悪い。
千鳥足のJJはウィ~と次の部屋へ入っていった。隣の部屋は寝室だった。
「おゥ! ちょうどイイじゃねえかよう!」
泥酔しているJJはさっそくそのベッドに転がった。と、その時である! JJは背中に何かネチョネチョとした水気を感じ、ハッと飛び起きた。飛び起きたJJの背中が真っ赤に染まっている! なんと、ベッドの上には血だまりができているではないか!
「わぁ、こわい!」
この異常事態に、流石のJJも動揺した。しかし、彼の飲酒量は、その怪奇現象の衝撃にも耐えうるものであり、彼は、おおこわいこわいと思いながらも、血だらけのベッドに再び横たわりグースカと寝息を立て始めたのである。「コラ、寝るな、起きろ」とばかりに、部屋では窓ガラスがガタガタと鳴り出し、凄まじいスピードでベッドが部屋の中を走り回ったが、JJは「おおーう、ちょっと飲みすぎたぜ~~。部屋がくるくる回ってるようだー」などと寝ぼけたことを言いながら眠り続けた。
十七、
「あの、コレ、どうするでありんすカー?」
「どうしよっかね……」
凄まじいポルターガイスト現象が巻き起こっている部屋の前で、JJを除く他三人は呆然と立ち尽くしていた。雇い主のJJは、怪異が巻き起こる部屋の中で、いまだグースカと眠り続けるばかりである。
「置いて帰っちゃおうか?」
「いや、せめて窓だけでも開けておいてあげない? いざとなったら窓から飛び降りて逃げられるんじゃん?」
「でも、こんな状態の部屋の中に入って、窓を開けるなんてイヤだなあ。オレ、絶対したくないよ」
彼らが呑気にそんな話をしていると、かいわれがポンと手を叩いて、懐からスポークを取り出した。なるほど、どうやらスポークを投げて、窓ガラスを割ろうと考えたらしい。
「けど、だいじょうぶ? こんな状態の部屋へ投げたりして、もしもJJに当たったりしたら……」
「オーゥ、だいじょぶヨー、ヘキサー。あちきはクノイチねー。手裏剣投げで鍛えてマース」
そういって、かいわれは笑いながら、自信たっぷりにスポークを投げ飛ばした。
「いっ! 痛ェエエエエ!!!!!!」
当たった。見事に。JJの尻に。
JJはヒィ~ヒィ~と苦しんでる。当たった場所は尻だったが、どうも思ったより傷は深いらしい。血もだらだらと出ている。
「オ~ゥ、シーット! チョット~、悔しいんでモウ一本投げてもイイですカー?」
そんなJJにおかまいなく、かいわれは二本目を投げつけた。バリーン。今度は見事に窓に命中し、窓が割れた。JJの尻は大ダメージを負ったが、とにかく脱出路は確保されたのである。
これで良し、帰るか。彼らがそう思い踵を返そうとした時、JJが「銃を撃て!」とワケの分からないことを叫びだした。
「あのー。今のはどう解釈すればいいんでしょうか?」
雇い主のワケの分からない命令にリンドウは戸惑った。当然である。尻から血を流している雇い主が、謎の力に操られ高スピードで走り回るベッドの上から、「銃を撃て」と突然言い出しても意味が分からない。目的語が欲しいところだ。
それからしばらくの間、残された三人は話し合いを重ねた。JJの言葉をどう解釈すべきか、という議論である。話し合いの結果、「JJは尻への一撃により多少なりとも酔いが覚め、自分の置かれている状況を理解し、そして、ポルターガイスト現象を止めるべく、ベッドを銃撃しろ」と命令しているのだと、彼らは理解した。
「じゃあ、雇い主の命令ですし、撃ちますね」
とリンドウ。
「でも、大丈夫なの? またJJに当たったりしたら……」
「はっはっは! 心配ご無用! ベッドの的はデカいですし、何の問題もありませんよ! それに僕は世界一の名探偵です!」
リンドウは笑いながら引き金を引いた。バキューン。銃弾は、見事に命中した。JJの眉間に。眉間に弾丸をめりこませたJJは、吹っ飛んで倒れ、そのままピクリとも動かなくなった。。
「あ、あれ……??」
「し、死んじゃったの? ホントに……??」
三人の間に静寂が流れた。おい、どうするんだ、これ。そんな雰囲気が三人の間に漂っていた。
口火を切ったのはリンドウだった。
「……あ、じゃあ、帰りますか。……雇い主も死んだし」
「ウ、ウン。そうデースネ! もう探索を続ける理由もないでゴザールね!」
「帰っておにぎり食べようぜ」
残された三人は、JJの死体に別れを告げ、呪われた館を後にした。こうして、幽霊屋敷コービット館は、また一人、その犠牲者を増やし、コービット館には新たなる恐怖伝説が加わることとなったのである。
Fin.