日本映画史上に残るカルト映画、「幻の湖」の二回目を見て二時間ほど友人たちと語り合ったところ、テーマ性が意外と把握できたので解説文を書いてみる試み。
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【前提】
まあ、ストーリーはwikiを見てくれ。以下に解説するが、この話は断じて「いい話」ではない。「夢を追う物語」でもない。「ラブロマンス」などではもちろんない。
【自信を持って言える解釈】
・戦国時代シーンの「お市」「みつ」は共にヒロイン道子と被せられている。
・お市の息子「万福丸」がシロと被らせてある。
・敷衍すると日夏のイメージは織田信長となる。
・逆さ吊りにされたみつに対し、船上で笛を吹く長尾の行為は鎮魂的な意味合い。最後に宇宙で長尾が笛を琵琶湖上に置くのも鎮魂的な行為。
※つまり、「道子の長尾に対する愛慕」は「戦国時代に長尾を愛したみつ」の投影。「長尾に惹かれながらも倉田と婚約しちゃったしどうしようモードの道子」は「夫である浅井長政を殺され、織田信長の圧力により好ましからぬ結婚を強いられるお市」の投影。「日夏に殺されたシロ」は「織田信長により殺された万福丸」の投影。(倉田の扱いが恐ろしく悪いが……)
※戦国時代のエピソードと現代の道子を取り巻くストーリーにはこのような対照関係が認められる。物語解釈上の問題は、この戦国時代のエピソードが、どのように現代の道子に影響を及ぼしているか、という点になる。
【解釈可能性①「因果説」】
・何らかの因果により現代の道子が同様のシチュエーションに置かれている、という見方。
・因果といっても仏教的な観念ではなくもっとぼやっとしたものをイメージする。「過去にあった事柄が、時代を隔てた今、また行われている」という、「歴史は繰り返す」レベルでのぼやっとしたイメージ。
・繰り返す歴史に対して、長尾は宇宙レベルでの鎮魂を行うことで繰り返しに歯止めをかけようとしている。
【解釈可能性②「怨霊説」】
・戦国時代に悲惨な死を遂げたみつの怨霊が時代を超えて一人の女性を狂わせたストーリーとして解釈する。
・劇中の描写を見る限り、道子は明らかにきがくるっているが、本作開始以前の段階で既に呪いを受けていると解釈する。
・怨霊に取り憑かれた道子は無意識的に「お市」的「みつ」的な行動を取る(長尾への愛情も呪いによるもの)。
・長尾は宇宙レベルでの鎮魂を行う。
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【まとめ】
個人的には「怨霊説」がスマートな解釈だと思う。ただ、これだとどう考えてもホラーなのだけど、いや、実際中身はホラーなんだけど、描き方としてホラーではないのは事実だ。となれば、やはり「因果説」に近いイメージが正解か。「繰り返される歴史」と、「それに対する鎮魂(宇宙からの)」という大筋は間違いないと思う。「歴史が今の自分を縛る」という一種の運命論、宿命論的な感覚が背後にあると思われる。そこの感覚が掴めないのでこの話が難解になっているのだろう。
なお、これは日夏視点から見れば完全にホラーで、実際は本人が主張しているように犬が襲いかかってきたから手にしていた包丁で撃退しただけかもしれない(劇中ではわざとぼかされている)。そうだとすれば、襲ってきた犬を追っ払ったら職場に飼い主の女が包丁を持って押しかけてきて、ランニング中に女が後ろから追っかけてきて、取材旅行先でソープに入ったらやっぱり女がいて包丁を持って追いかけられて刺されたわけで、「犬を殺したら飼い主の生霊に取り憑かれた」レベルでの恐怖映画となる。しかも女は戦国時代のエピソードに自分を重ねて(知ったことじゃないよな!)激昂した挙句に襲いかかってくるのである。ホラーである。
★宣伝:クソ難解だが意外と悪い映画ではないのかもしれない。
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