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著者の中沢さんから献本。ネタバレあり。
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同封された手紙に「口コミに期待しています」とあったのでレビュー書いちゃう! いやあ、僕は空気が読めない人間なんで、こうやってハッキリ書いてくれると分かりやすくて嬉しいですね! そうそう、中沢さん、僕こないだ「完全教祖マニュアル」って本出したんですよ! レビュー書いて欲しいな!
しかし、それはそーとしてね、どーかなと思ったんですよ。ほら、僕、他人の恋愛とか毛ほどの興味もない人間ですから。三角関係とかでウジウジしてるのを見ると、「お前ら、全員まとめて仏門に入れ」とか思ってしまいます。しかも、タチの悪いことに僕は知り合いの本だからって提灯記事を書かない。そんな僕に恋愛小説を渡すだなんて、まったく中沢さんってば向こう見ずだなあ、なんて思ってたんですが、今から僕は本書を必死に誉めるわけですよ。つまり、こいつは通り一遍の恋愛小説ではない。
さあ、ここからはバンバンネタバレしていきますが物語の大筋はこう。女性に苦手意識を持つ童貞25歳の芸人、佐藤賢治が初めて女性に恋をする。相手の市川さんもまんざらではなさそう。しかし、先輩お笑い芸人のツチノコとも彼女は何か秘密がありそうで……。恋愛経験値の足りない佐藤は思い悩み、芸の道でも失敗が続く。そんな時に出会ったのが怪獣芸人のガラバン。怪獣の造形家を目指している彼は、自作の怪獣着ぐるみで常に出歩くという奇特な人物。自らも怪獣好きで怪獣ネタを売りにしている佐藤はガラバンの奇抜なだけの芸に不満を感じるが……。
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さて、この小説には一つのトリックが仕掛けられています。これが巧く機能すれば、この小説は面白い。そのためには最低限、中沢健という著者本人を知ってなきゃいけないんですが、この作品はそこがネックかな~。中沢さんってのは、まあこういう人だと捉えておいて下さい。
それで中沢さんを知ってる読者は当然誤解する。本作の主人公、佐藤賢治が作者の分身なのだろう、と。半分正解。ここは引っかかっておいた方が楽しい。そして、佐藤が初恋の女性(市川さん)となんやかんややってるうちに、中盤から出てくる着ぐるみ芸人のガラバン。見た目だけならガラバンの方がより中沢さんに近い。あれっ? 中沢さんはこっちなの??と読者は混乱。そして、ここでようやく本作の狙いが明らかになるわけですよ。つまり、本作は童貞芸人の市川さんへの恋情を描いた作品ではない。市川さんという外部要因を置いて、それに対する芸人の志とでも言うべきものを示した作品である、と。
市川さんのことが気になって芸に身が入らない佐藤。これはおそらく中沢さんの分身。そして、全身を着ぐるみに包み、女性のことなど目もくれず、大好きな怪獣と、その表現手段である芸の道を不器用にも真っ直ぐに進もうとするガラバン。これも中沢さんの分身。ここに見られるのは、大好きだった「怪獣への愛」。それとは別に人間であるからには免れざるを得ない世俗的な「恋愛感情」。二つの愛の感情。だから「初恋芸人」は一人の人間の心中における二つの感情の相克の物語なのです。
そうなればタイトルの「初恋」の意味も明らかになります。二つの「初恋」。一つはもちろん市川さんという生身の人間への「恋愛感情」。そして、もう一つは遥か昔から抱いてきた「怪獣への愛」。事実、物語では市川さんへの片思いは悲痛な結果に終わります。表面的にはいわゆるハッピーエンドにならない。主人公佐藤が気付いたのはもう一つの「初恋」。だからこれは通り一遍の恋愛小説ではないわけです。なんだろ? むしろアンチ恋愛小説なのかもしれない。だから恋愛小説に毛ほどの興味もない僕がこうやって長文書けてるわけですね!
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しかし、個人的に残念だったのは、この作品世界が読後も不安に満ちていること。市川さんを手に入れたツチノコさんは大丈夫なのか? 怪獣(≒芸)への愛を手に入れた佐藤も世間的な視点から見れば悲しい。この作品って、「初恋」の二項対立の末に「選択」はしているけど「止揚」はないんだよね。ま、ないってこともないけど、弱い。ここはもうちょっとガツンと止揚して、みんなハッピーな世界になってれば、個人的にはもっと読後感が良かったかなーと思うんですが。
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