大事そうなところ、気になったところをちょこちょこと抜粋。茶色は僕のコメント。
・釈迦の修行中(6年間の苦行中のこと)に悪魔が来て、「おまえ、苦行なんかやってないで王位継げよ(´・ω・`)」って言ったらしい。これはつまり、(バラモン教が定める)社会生活を送れ、という誘惑である。バラモン教の定める社会生活は当時の一般的な良識的生活スタイルと思われるため、新宗教の誕生にはこのような「一般的な良識的生活スタイルを誘惑とみなす」瞬間がありうるということ。(現代に置き換えて考えるなら、勉強して、大学に行って、一流企業へ就職するのを「悪魔の誘惑」と見なすようなものか。さらにいうなれば、現代において、ある新興宗教がこのようなことを言いだしても、それで取り立てて邪教というわけでもなく、釈迦も同じようなことをしてたということになる)
・釈迦は悟りをひらいたあと、五比丘(釈迦と一緒に苦行してた5人の修行僧)に対して、まず教えを説いた。なので仏教教団の最初の幹部は五比丘。(現代で考えるなら、新興宗教の教祖は自分が以前在籍していた宗教団体で共に修行していたやつらを勧誘すると良いということか? 少なくとも彼らは同じ目的を持って修行していて、同じ関心を持ち、同じように方法論を求めているので、確かに最初に布教するには有効かもしれない)
・五比丘に説いた後、今度は商業都市のヴァーラーナシーで富裕な商人を帰依させた。(釈迦が意識していたかどうかは知らないが、これが今後の仏教教団を経済的に支えたのは事実。金持ち階級は早めに落とすべきか)
・神通力に優れるカッサバ三兄弟を帰依させるときには、釈迦も神通力を使って相手を上回ったらしい。(哲学的側面の強い仏教だが、こういった「霊的実力行使」も少ないながらやっていたみたい。現代では応用しにくい気がするが……)
・農民への伝道布教をあまりしなかったことが、後のインドにおける仏教滅亡の遠因と考えられる。(やはり最大勢力は押さえるべきか。また、霊的実力行使などをしていたとはいえ、深遠な哲学的宗教である仏教はやはり農民層には受け入れられにくいのだろうか)
・釈迦の信者ゲットの流れ。「五比丘(昔の修行仲間/コアな幹部ゲット!)」⇒「ヤサ(富裕な商人/経済力ゲット!)」⇒「ビンビサーラ王(王族/権威と本拠地ゲット!)」⇒「カッサバ三兄弟・シャーリプトラ・モッガラーナ(他宗教の修行者/他宗教へ手を伸ばす)」⇒「養母、妻、従兄弟など(身内ゲット!/なお、身内は王族である)」⇒「ウパーリ(最下位カースト/身分にこだわらないことをアピール)」。信者を総じて見ると、商人、バラモン階級が多く、王族、戦士階級は少ないらしい。農民への伝道を怠ったことが滅亡の遠因となったのは上記のとおり。(※キリスト教、イスラム教など比較のこと)
・釈迦が死んだとき、弟子は葬儀にかかわらなかった(現代日本人の感覚からすると考えづらいが、仏教の教えからすると確かに当然ではある。それだけ現代の日本仏教は相当性質が変化している(葬式仏教となっている)といえる)
・釈迦の前世譚が作られ神話化する。このような神話化が民衆が信仰へと向かう契機となる。(やっぱ哲学とかやっててもダメなんだよ。民衆を得るにはファンタジーがいるんだ)
・インドは輪廻転生思想なので遺骸を祀ることはないが、釈迦は解脱して輪廻の世界を抜け出たと信じられたため、遺体に特別の意味が込められた。(肉体とか意味ないからね!って言ってる人が死んで、晴れて「肉体が意味のない世界」を抜けたというのに、残された者がその肉体に意味を見出したのには釈迦も困っただろうな)
・天台宗内部において、「オレたち25人の中で、誰かが死んだら協力して念仏して極楽浄土へ送ろうぜ」という結社が生まれたらしい。ここらへんが浄土信仰の原型っぽい。(「死んだあとのこと」は僧侶にとっても看過できない問題であったと思われる)
・大乗仏教における在家信者の救済の仕方(そもそも出家して修行しないと解脱できないのに、大乗仏教は在家も含めてみんなを救うと言ってるけどどうする気なの?問題)。①「社会事業をする」。井戸を作ったり、医学を学んで病人を治したりして、社会生活の中の不安や苦悩を取り除こうとする。②「善行を積めば神の世界へ生まれ変われますよ」。六道の天界への輪廻を説く(仏教においては解脱こそが大切なので天界に生まれ変わってもしょうがないんだけど、パンピーを慰めるくらいのニュアンスで……)。(うん…、どっちも本質的解決になってない気がするんだ……。これなら確かに浄土信仰の方が、最終的には解脱できるという意味でより真摯な気がする)
・中国においては、仏教の出家は儒教の孝に反する行為、親に対する最大の不孝と見なされた。(現代日本においても儒教倫理は基本的に根強いと思われる。伝統宗教への出家は特に問題視されていないと思うが、一方でオウムなど新興宗教系への出家は「家族が引き裂かれる」「家族関係が破壊される」として邪教扱いされている)
・仏教が日本に来たとき、日本では神を形ある像として表現することはなかったので、金ピカの仏像が来てびっくりしたらしい。
・蘇我氏が仏像を祀ると疫病が起こったので、物部氏が国神の祟りだとして仏像を捨てた。すると、今度は宮中に災厄が起こったので仏の祟りと考えられた。(仏の祟りワロスwww ものすごい伝わり方をしてるなあ)
・奈良時代は出家に国家の許可が必要だった(僧侶を経済的に保護してたので)。許可がもらえない人は無許可で出家して弾圧されたりした。そんな感じで仏教界は甘やかされてたので当然腐敗して、桓武天皇は仏教界を刷新するため平安遷都を行った。(ものすごい伝わり方をしてた上に速攻で腐敗するとかスゲーな)
・民間に布教した浄土教は思想として整備されたものではなく、怨霊を鎮めるための呪術的なものと考えられ、平安時代末期に信仰が広まった。(やっぱりパンピーは哲学とか思想とかじゃなくてファンタジーに惹かれるのだろうか。そして、幽霊が出たときに「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ」と唱える意味不明な行為は、このあたりに源泉があるっぽい)
・本願寺を発展させた蓮如の戦略。①「農民層に手紙を送って、平易に教えを説いた」②「政治権力に脅かされないよう世俗倫理にも従おうとした」③「農村の行政組織をまるごと本願寺教団の信仰集団とする布教方法を駆使した」(③がよくわからないが、これにより本願寺が守護大名に匹敵する勢力となったというから、信者を領民のような形に置き換えたということか??)
・富永仲基(1715-1746)という人は、仏教経典はすべて釈迦が説いたものではなく、前の思想に新しい思想が加えられて経典が作成された(加上説)と合理主義的に説明したらしい。この説を採ると大乗仏教の思想は偽物となる。(前の説に新しい思想を加えて~は現代の科学的思考においては当たり前であるが、少なくともこの当時は「釈迦が言ってないから偽物(役に立たない)」という認識があったのだろうか。現代においても、宗教に関して言えばこれは同じかもしれないが(教祖が言ったことじゃないから偽物))
・日本で仏教が庶民生活に浸透した決定的理由は、仏教の死者供養儀礼が有効と思われたから。哲学が受けたわけではない。
・正月はもともと聖地(神社仏閣)に泊まって心身を清め、そこに祀られる祖霊の魂を体に受け止めるアラタマの祭りが原型。それが現代では大晦日に鐘を突いて、年越しで神社に詣でる形式になった。(アラタマの祭りはググってもよく分からなかった)
| 図解雑学 仏教 (図解雑学シリーズ) | |
![]() | 広沢 隆之 ナツメ社 2002-01 売り上げランキング : 12307 おすすめ平均 ![]() 雑学とあなどってはいけない 仏教のイメージが変わった。Amazonで詳しく見る by G-Tools |


雑学とあなどってはいけない
仏教のイメージが変わった。

















