【9/6】まとめ「若者と現代宗教」


若者と現代宗教―失われた座標軸 (ちくま新書)若者と現代宗教―失われた座標軸 (ちくま新書)
井上 順孝

筑摩書房 1999-12
売り上げランキング : 149301

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

 読んだー。エッセイ的であり、起承転結な感じではなかったので、あんまりきれいにまとまらなかった。ポイントをピックアップする形で。

 
【まとめ】

・テレビ等マスコミの影響はデカい。新宗教は危ないイメージになった。
・伝統宗教は風景化してる。七五三などは社会的儀礼に組み込まれ、宗教的でなくなった(社会的になった)。
・社会的でないことと宗教的であることは大体イコールなので、若者たちは社会化されていない宗教、つまり、新宗教や、(新宗教ですらない)オカルト等に興味を示す。
・グローバル化により情報が溢れ、伝統宗教の刷新・再生といった形ではない、様々な情報の影響を受けた新宗教が作られ始めた。
・それらが世界的に競争することにより、土地土地で以前より通用してきた民族単位の宗教的・文化的価値観が脅威にさらされ、結果、新宗教は「脅威」として映る。


【大事そうなところ】

「考えてみれば、何の宗教も信じていない者が、宗教のあるべき姿を主張するというのも、どこかおかしな話ではないだろうか。(中略)音楽など関心ないと言ってる人間が、音楽の理想、目指すべき目的などを議論する姿は、いささか滑稽である。それと似ている」

 宗教は平和や社会道徳に貢献すべきものである、といった良く見られる論に対して。内部の者には内部の論理があり、外部から(「宗教が平和や社会道徳に貢献したらいいな」と願望を持つことはできても、「貢献すべき」との)理想を押し付けることはできない。


「親や兄弟姉妹などを敵視させたり、家族からの離反を勧めるのは、道徳・倫理に反するという論理を持ち出しても、では今の日本社会の世俗的な道徳・倫理はどこに拠りどころがあるかと切り返されれば、説得ある答えを見つけるのが容易ではない。(中略)明らかになってしまうのは、むしろ現在の世俗社会のよるべのなさである」

 宗教にはそれをするだけの論理があるが、世俗社会にはそれを批判するバックボーンがない(弱い)。その点を考慮しないと、マインドコントロールなどの宗教批判はただのレッテル張りになってしまう恐れがある。


「社会から批判される団体になぜ入信するのか。そこには、しばしば現在の社会への批判が介在する」

 社会から批判される団体(=悪)ではなく、(当事者にとっては)社会が悪であり、それのために「批判される団体」に入信するという、逆の見方が成立する。上記の「世俗社会の道徳・倫理にはバックボーンがない」という点も踏まえて考える。


「主に社会的儀礼として行われる初詣、七五三、葬儀、年忌法要などは、宗教の装飾部分のようなものである。安心感をもって眺められ、ときにきらびやかさを伴うにしても、それは宗教が人の心にもっとも訴える場面ではない」

 宗教の本質的価値は現象世界を超える何者かの実在を体験的に感じるところにある。つまり、「世俗社会ではありえない体験」がキモであり、その意味でも「社会的秩序の維持に貢献すべき」という宗教像とはそぐわないし、宗教が世俗の価値に同調するとは限らない。七五三などは社会的儀礼となっているため、それは宗教のキモではない。


「組織化されない分、そのような硬直化が起きにくいのがオカルトと戯れる世界である」

 上記の続き。社会的儀礼化すると宗教の本来の価値が失われる。よって、刺激を求める若者は伝統宗教よりも(より社会的儀礼化していない)新宗教に接するようになる。しかし、新宗教も組織化の中で儀礼化してくるので、オカルト(スプーン曲げなど)に接するようになる。(※イベント化するときは「みんなで集まって楽しい」「きらびやかで楽しい」程度の扱いにして本質を別に用意すべきか?)


「(日本では)信仰者である前に共同体の一員であり、それゆえ、共同体の秩序と抵触するような宗教は、それが食べ物の問題とか、祈りの問題であっても、異端視されてきた。(中略)世界は、日本のような戒律にこだわらない文化だけではないことを、早い時期から教えてもいいのではないか」

 宗教教育に関する話。個々の戒律の良し悪しではなく、そういう異質な価値観があることを教えよう的な話。


「新宗教が日本独自の文化的社会的条件の中で形成されたにしても、そのいくつかの教団は多くの国で受容され、一定の運動規模になっている。(中略)日本で新宗教が生まれるようになった頃、世界の多くの地で、それと似た社会的条件が生じていたのではないか、と推測させるものである」

 日本のある社会的条件により(日本に)新宗教が生まれたとして、その日本発の新宗教が外国でもある程度の広まりを見せたということは、その外国にも同様の社会的条件があったのではないかということ。


「それぞれの国家・民族における伝統的宗教を基盤とし、その近代的な形態として新宗教運動が形成される。(中略)ところが最近は、それぞれの地域における伝統的宗教との連続性が希薄で、しかも、民族・国家の枠が当初からあまり感じられないような運動があらわれ始めてきた」

 たとえばオショー・ラジニーシはインドでは反発が強く、欧米の若者に受け入れられた。これはヒンドゥー教や仏教の再生刷新運動とはいえない。オウム真理教も伝統宗教の再生運動とは言い辛い(※しかし、個人的には原始仏教志向は伝統的仏教の刷新運動と言えなくもない気がするのだが、「その民族に合わない」くらいの意味だろうか)。このような最近の無国籍的な宗教は文化的アナーキーさを伴う傾向があるため(オショーがインドで反発を受けるなど)、それが暴力的・閉鎖的でなくとも、社会的警戒を受けることがある。伝統的倫理規定や暗黙の宗教的規範にあまりとらわれないため、「得体が知れない」からである。


「グローバル化の時代は、宗教がもともと持っていた超民族・超国家性が容易に触発されるようになる。(中略)グローバル化の中で、民族・国家の規範の自明性を奪っていく作用を果たす運動は、今後もどんどん出現するであろう。(中略)基本的に競争原理が作動するから、新しい運動は既存の価値観に対して「敬意」など払わない。(中略)当面はそれが既存の文化規範に挑戦していく面が脅威として受け止められる」

 グローバル化により情報が広まると、規範の自明性が奪われる。たとえば日本だと仏教・儒教的モラルが当然の価値観ではなくなる。それは民族という単位では脅威でしかないが(日本人的には儒教的価値観が破壊されると「けしからん」と考える)、地球全体で見れば、宗教の競争原理はよりグローバルな価値観を構築するのかもしれない。つまり、「日本人は仏教・儒教的モラル」から、「地球人は***的モラル」へと移行する。しかし、さしあたって、民族レベルではやはり脅威でしかない。


「近代文化のもつ少なくとも次の三点が、ファンダメンタリズムとは合わないことを指摘している
①世俗的合理性を好むこと
②相対主義に向かう傾向から、宗教的寛容を採用
③個人主義」

 ファダメンタリズムは現代のこういった視点から批判されるが、逆に現代のこういった点への批判としてファンダメンタリズムが起こっているともいえる。これらが実際に「宗教にとって不都合」なのは否定できない。


「『自分は○○教の教祖である』と、教祖宣言をする書き込みとか、教祖を自称してあれこれ託宣(?)を述べるとかいった書込みが、ときおり見受けられる。(中略)それが実際に多くの信奉者を集めれば、『ネット教祖』あるいは『バーチャル教祖』ということになるかもしれない」

「教祖になる方法」をシンプルに提示してあって良いと思った。「何かを言う人」「それを信じる人」の1セットがあれば教祖は成立する。「何を言うか」により信じる人の質や数が変わってくるが、基本はこの関係。ネット上の書込みではないけど、「ゲーム脳」や「水からの伝言」なんかはこんな感じと考えていいかも。


【データ的なもの】

「信仰を持っていると表明する人は少ない。街頭における宗教活動に対しては批判的である。また宗教トラブルには警戒心が強い、といったことが分かる。しかし、他方で依然として一定程度神仏や霊魂への関心が保たれている」

 神や仏は5割強が、霊魂は6割が「信じる」「ありえる」と答えている(ただ、個人的には、あるかないか分からないものには「ありえる」以外に答えようがない気がするので「ありえる」の割合はもう少し減らして考えた方がいいように思う)。つまり、教団宗教には不信感を持っているが、宗教的なこと自体への関心は低いわけではない(※いいかえれば、「宗教っぽくなく」宗教的なことをやればコロッといきそう。「水からの伝言」とか)

「ある宗教についての体系的な知識を受け入れた人間は、その良し悪しは別にして、安定した構造の上に立つことになる。また逆に、一切の宗教的な知識を信じるに値しないとして、自らの知識の体系のなかに、宗教的要素をはいりこませない人も、安定した構造の上にある。ところが、体系的な知によらず、しかし断片的な知識をランダムに受け入れる人は、基本的に不安定な構造の上にあることにある。教団には所属しないが、オカルトや超常現象など非合理的なものに、強い関心をもつといったような人がそうである」

 上記の補足的に。やはり、「宗教は信じないが、霊魂は信じる」的な人が狙い目と思われる。


【メモ】

火宅の車

↑「嘘も方便」を使うときの根拠。


「キリスト教といえば通常プロテスタントを指し、カトリックは、カトリックと別個に呼ばれる。」

 な、なんだってー!? 知らなかったし聞いたこともないぜ。ホントかよ。


「新宗教の活動といえば、すぐに連想されるのが、病気直しであるが、この病気治しにも、民族的な要素は数多く関わる」

 新宗教の活動ですぐに連想するものに病気直しがあるらしい。なお、民族的な要素とは、たとえば病気の原因としての「祟り」など。


・ファミリー(愛の家族)という団体ではFF(フラーティ・フィッシング)伝道と呼ばれる性的な要素を含んだ布教を行っていたらしい。

 検索してもあまり情報がないので良く分からない。集団売春による運営資金獲得的なニュアンスで書かれたページがあった。だとしたら夢のない話だ。金髪のねーちゃんがエロいことをしながら布教してくるのかと思ったのに。

・宗教は情報産業である。ビジネスのように信者を獲得する。

ネット墓参りというのがある

若者と現代宗教―失われた座標軸 (ちくま新書)
若者と現代宗教―失われた座標軸 (ちくま新書)井上 順孝

おすすめ平均
stars変化する宗教の形態
stars初めの一冊、確認のための一冊に。
starsハイパー宗教としての新々宗教

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

【過去ログ】

【カテゴリー】

TOPアドレス
当サイトのTOPアドレスは
http://dansyaku.cagami.net/
です。
管理人:かがみ
パンクロッカーで作家。忙しくてもジャンプは読むよ。許斐剛先生を尊敬してます。

好きな漫画:テニスの王子様
好きな映画:テニスの王子様
好きなアニメ:テニスの王子様
【僕の本】

kaiketu_mini.jpg

[NEW!]
ダンゲロス1969
HP / amazon


kaiketu_mini.jpg

怪傑教師列伝ダンゲロス
amazon


bakadark_mini.jpg

戦慄怪奇学園ダンゲロス
amazon


bakadark_mini.jpg

ダンゲロス・ベースボール
amazon


bakadark_mini.jpg

「バカダークファンタジー」としての聖書入門
HP / amazon


jingi_mini.jpg

かわいい☆キリスト教のほん
HP / amazon


jingi_mini.jpg

作ってあげたいコンドームごはん
(amazon


jingi_mini.jpg

仁義なきキリスト教史
HP / amazon



飛行迷宮学園ダンゲロス
HP / amazon



新装版完全パンクマニュアル
HP / amazon



戦闘破壊学園ダンゲロス
HP / amazon



もしリアルパンクロッカーが
仏門に入ったら
HP / amazon



完全教祖マニュアル
HP / amazon



よいこの君主論
HP / amazon



テニスの王子様
[全国大会編]
爆笑・恐怖・激闘
完全記録

HP / 販売サイト



完全恋愛必勝マニュアル
HP / amazon



完全HIPHOPマニュアル
HP/amazon



完全覇道マニュアル
HP/amazon




完全パンクマニュアル
HP/amazon

amazonならびに全国書店にてひっそりと販売中。
【最新のエントリ】


誰でもどこでもLINK FREE!