・密教の可視化過程
空(無) → 音 → シンボル → 仏
たとえば、一字金輪尊であれば、
空 → ボロン(Brum) → 金輪 → 一字金輪尊
音は見えない(物質ではない)が「音がある」ことは分かる。だから、「見える世界」と「見えない世界」を繋ぐのは音と考えられてきた。その音が象徴となり、その上でようやく仏となる。だから、仏教において仏は(仏像は)あんまり本質ではない。たとえば仏像を壊されたら悲しいけど、仏像は本質的なものではないので仏教にとって致命的な打撃とはならない。
※密教には仏がたくさんいるが、仏は実際に形のあるものではなく、想念の際のめやす(人間は全く形がないとイメージしにくいので)。「この瞑想をする時はこの仏ね」みたいな決まりごと。
※「空(無) → 音 → シンボル → 仏」。こういった過程が瞑想中に起こるらしい。瞑想してると音がボローンとか聞こえて、頭の中で何かの形(シンボル)になって、さらに頭の中で何かの仏になる。なので、瞑想をすればするほど仏は際限なく増えていくらしい。
(b)仏頂尊勝仏母
『仏頂尊勝陀羅尼』
→位の高い人の罪がきれいさっぱりなくなるお経らしい。王の子が死期が迫ってきて焦っていると仏がこれをくれたんだって。
・尊勝陀羅尼信仰の例
元朝の皇帝が居庸関(万里の長城の関所?)に、この陀羅尼が五ヶ国語で掘られてる。
(c)『悪趣清浄経』の九仏頂尊
・大日如来の一形態である普明尊を主尊にしたマンダラ。あるいは釈迦を中心に九体の仏頂尊が囲むマンダラが有名。
・チベット、ネパール、清朝皇室において葬儀に用いられた。
・清朝の王室では皇族が死ぬと、この『悪趣清浄タントラ』中の陀羅尼を文様とした緞子(どんす)を遺体にかけて、善趣(六道の上の方)への転生を祈った。
→要するに葬式に使われた。
(d)『白傘蓋経』白傘蓋仏母
・チベット、モンゴル、満州で国家の守護尊として広く祀られた(「傘」が守るニュアンス、cf.核の傘)
・元朝の国師パクパがこの仏を象徴する白傘蓋をフビライ皇帝の玉座の上に据えた。この白傘蓋は年に一回王座から降ろされ、大都の街を巡った。この白傘蓋の仏事は元朝最大の祭りであった。
・満州人が中国を征服してたてた清朝では、元朝の事績の敬称を謳った。最盛期の皇帝、乾隆帝は自らをフビライの転生と(結構本気で)考え、フビライの事績を真似る。その一環として、乾隆9年に北海のほとりに白傘蓋の大仏(22m)を祀る闡福寺をたて、国家の護りとなした。