ジャンプ感想で書いたものがあまりに分かりにくいと思ったので書き直します。
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まず前提として、テニスは全国大会前後で内容に本質的変化がありました。(無我などの例外はあるものの)例えば関東大会では仁王は柳生に「変装」していましたが、全国大会では仁王は手塚に「変身」しました。全国編でテニスは一線を超えたわけです。従来の「テニス漫画」としてのテニスが好きだった読者の何割かが、この「異常なテニス漫画」を受け入れがたくなったとしても何の不思議もありません。(ここで受け入れられなかった人たちを便宜上「旧テニスファン」と呼びます)
そんなテニスではない「テニス的な何か」を続けてきた全国大会編テニスですが、その極地にあるものが「サムライドライブ」です。これまでも目の錯覚でボールが分身して見えたことはありましたが(これはまだ「テニス」の範疇)、「サムライドライブ」では物理的にボールが分裂しました。テニスは分裂した二つのボールを打ち合うスポーツではありませんから、つまり、これは明確に「テニス」ではありません。確実に「テニス的な何か」なのです。「サムライドライブ」は全国大会編以降ずっと描かれてきた、「テニス的な何か」の象徴であり集大成なのです。旧テニスファンの「あんなものテニスじゃねーよ」という批判に対する、「そうだね、僕が描いてたのはテニスじゃないよ」というアンサーなのです。
ラスボス幸村は「ボールは分裂などしない」といいました。これは旧テニスファンの「ボールが分裂するわけないじゃん(そんなのテニスじゃないよ)」というツッコミと同じではないでしょうか。そんな幸村のテニスは「勝つためのテニス」。目的に縛られたテニスです。これは言い換えれば、「テニスに縛られたテニス」と言えないでしょうか? 旧テニスファンが「テニス」を描いて欲しいと願うならば、テニスの体裁を保つためには幸村のような否定テニスをせざるをえないのです。
それに対し、越前は「サムライドライブ」でボールを分裂させました。「ボールが分裂するわけないじゃん(そんなのテニスじゃないよ)」というツッコミに対し、「いいや、分裂するね! 確かにテニスじゃないけどな!」と返したのです。「サムライドライブ」はルール破壊系テニスアーツ。その目指すところはテニスからの脱却なのです。テニスという体裁を捨て、許斐先生が天衣無縫となって「楽しむために描いたテニス」。その象徴が「サムライドライブ」なのです。
「サムライドライブ」は「体裁に縛られたテニス」を突き破り、楽しいけれど、明らかにテニスではない「テニス的な何か」をテニス世界へ現出させました。そんな「テニス的な何か」に対し、幸村の取った行動は「ボールを2つとも打ち返すこと」です。半分にちょん切れたボールでラリーをするのは「テニス」ではありません。だから、この瞬間、幸村(=旧テニスファンの象徴)も「テニス的な何か」へと足を踏み入れて、最後は笑顔で越前と握手を交わした(=「テニス的な何か」の楽しさを知った)のです。
結局、許斐先生の言いたかったことは、「楽しければイイじゃん」ということではないでしょうか。テニスだとかテニスじゃないとかどうでもいい。木の枝で小石を打つのがテニスでもいい。なんだっていい。漫画として楽しければそれでいい。テニスじゃなくなっちゃったけどそれでもいい。だからみんなも、この奇怪で奇妙な超人テニス風絵巻をありのままに受け取って楽しんで欲しい。「サムライドライブ」に含まれた意味はこういうことではないかと僕には思われたのです。
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以下、個人的な戯言。
僕がテニスが大好きだった最大の理由は、許斐先生が「楽しそうにテニスを描いているから」でした。跡部様を断髪したり、河村先輩を吹っ飛ばしたり、赤也を磔にしたり。いつだって許斐先生は楽しそうでした。読者を楽しませようという過剰なサービス精神と同時に、何よりも先生自身が最高に楽しんでいた漫画だと思います。アニメも嬉しい、映画も楽しい、ミュージカルも大好き、キャラソンも好きで好きでたまらない。許斐先生は自分の描いた原作だけでなく、「テニスの王子様」というムーブメント全体を全力で愛して楽しんでいたと思います。もちろんこれは許斐先生のナルシシズムの為せる技ですが、そんな幸せそうな許斐先生を見て、僕が幸せになれないはずもなかったのです。
許斐先生はきっと、僕たちのような読者も、婦女子さんたちも、ネタにして笑ってる2ちゃんねらーも、みんなみんな肯定してて、みんなみんな大好きなんだと思います。自分が楽しむため、みんなを楽しませるため、テニスという限界を超えてエンターテイメントを求め続けた許斐先生は、アーティストとしてまさに天衣無縫でした。そんな許斐先生が、最後にありったけのナルシシズムを込めて自分の作品を全肯定したのが「サムライドライブ」だったと思うのです。
上に書いた「サムライドライブ」解釈はもちろん恣意的なもので、僕の願望がたっぷりと含まれています。でも、僕はこの解釈が一番幸せだから、この解釈で行きたいと思うのです。「常識的テニス漫画」を捨て、「超人テニス路線」を爆走した許斐先生が、最後の最後で、「オレには1ミリの後悔もない。オレのテニスはこれだ。オレのテニスは、…………楽しかった!」と明言したのだと思うと、僕はとてもとても幸せな気持ちになれるのです。
テニスの王子様 Original Video Animation 全国大会篇 Final Vol.0 | |
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