ひぐらしのまとめ感想です。
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ひぐらしは「選択肢のないサウンドノベル」ですが、そのシステムがストーリー的に必然性のあるものになっていたのが素晴らしかったと思います。小説ではなく、あくまで「選択肢のないサウンドノベル」であるため、僕たちはプレイ中に「選択肢」を探してしまいます。これがこのゲームの演出的な肝であり、たとえば通常のサウンドノベルでは、選択肢がいくつか与えられたなら、僕のような捻くれ者は初めはグッドエンドを放棄して明らかに間違いの選択肢を選んで、その後の展開にアハハと笑ったりするものですが、ひぐらしには選択肢がないので、自由意志で選ぶことができません。そして、最初の三編で物語はロクでもないバッドエンドを迎えます。
選択できそうなのに選択できないひぐらしにおいて、目明しまで延々とロクでもないバッドエンドを見続けてきたプレイヤーは、最初のひねくれた精神を捨て、純粋にグッドエンドを求めるようになります。そして、いわゆる分岐点において、「ダメだー! 魅音に人形を渡すんだー!」と感情移入し、劇中のキャラクターが正解と思しき選択をした時に我が事のように喜んでしまうのです。罪滅ぼし編におけるレナの正気回復や、皆殺し編における沙都子救出などは、この捻くれ者の僕ですら純粋に嬉しかったですから。
つまり、消費者は単純なグッドエンドを見飽きているのだと思います。グッドエンドは訪れて当然のものであり、グッドエンドが訪れようと、「ほう、良かったね」程度の感慨しか抱けません。ひぐらしはこの問題に対して、一つの回答を示したと思います。つまり、「先に嫌になるほどバッドエンドを見せる」というものです。しかも、それは「自分の意思で選べそうで選べない」ため、これが非常にもどかしい。だから、祭囃し編における正グッドエンドが非常にカタルシスあふれるものとなっているのだと思います。あれだけもどかしかったこのゲームが、最後の最後でスパスパとパーツがはまっていくのは非常に爽快でした。
また、このゲームは「萌え」の扱い方が極めて巧みだったと思います。鬼隠しの前半でシンプルな萌え描写を繰り返すことにより、プレイヤーの精神を弛緩させ、後半との落差を作ったのもそうですし、鬼隠しのせいで綿流しのシンプルな萌え描写がものすごく気味悪いものに化けたのもそうです。そして、罪滅ぼし編でレナの「かぁいいもの収集」が、実は萌え描写ではなくキチガイ行動だと判明するに至り、「萌えなどプレイヤーをビビらせる伏線じゃないか」という刷り込みをプレイヤーに与えます。で、そこまでやっておきながら、「オヤシロさまの正体は萌え巫女でした!」という衝撃の萌え回帰。「萌え→怖い」「怖い→萌え」という恐るべき回転。これはウルトラEだったと思います。
謎解きに関しては、答えを知った今となっては「こんなもん解けるか」という感じですが、しかし、「犯人は人か? 祟りか?」という問いかけに「両方」と答え、「超常的存在の介入はあったのか?」という疑問に「神も、未知のウイルスも、秘密結社も、パラレルワールドも、奇跡も、全部全部ありました」と答えたのは、とても清々しいものでした。超常的存在があったなら、それは何か一つだろうと考えていたので、「全部」という答えは完璧に思考の死角。とても良かったと思います。
個人的には、推理はほとんど当たってなかったけど(特にロジックで解ける綿流しが全然ダメだったのが悔やまれるけど)、推理すべきものは犯人ではなく、「どうすれば彼らが幸せになれるのか」という点に至れたのは我ながらグッジョブだったかな、と思います。まぁ、すぐにその方向を放棄しちゃって、深化させなかったのは残念でしたけど(´・ω・`)


















