大坂へ旅行中の間、マコちさんのお宅へ泊めて頂いていたのですが、そこでマコちさんの弟さんから、「呪われた99SHOP」の話を聞きました。彼はそこの99SHOPで深夜バイトをしていて、以下のような怪奇現象に遭遇したといいます。
1、毎朝5時50分になると控え室の壁をドンドンと叩く大きな音が聞こえる。壁の向こう側は駐車場であり、無論誰もいない。
2、その控え室で寝ていた先輩が金縛りに遭い、二人の幽霊を目撃した。
3、二階にあるトイレの手前の通路ではいつも寒気がする。
4、誰もいない店内から勢い良く台車を転がす音が聞こえる。
5、陳列していたスナック菓子が地震もないのに勝手に棚から落ちた。それを直していると、さらに横の棚のお菓子も落ちた。店内には誰もいない。
オカルト好きの僕のために、気を利かせて作っておいてくれたネタ話かもしれませんが、これらが全て真実であると仮定して考えていきましょう。
まず、とりあえず2は置いておきます。金縛りやら幽霊やらは半覚醒状態ではよくある現象です(僕も枕元に人が立ってたことが2度程あります)。たぶん、寝ぼけてたんでしょう。3は実際にその箇所だけ冷気が溜まってた可能性があります。また、深夜に暗くて人気のないトイレに向かうんだから、そりゃあ、ちょっと怖くて身震いするのも自然です。
と、ここまでは霊の存在を否定するかのようなことを書いてきましたが、かといって、僕は別に霊の存在を認めていないというわけではありません。哲学を学んだ者として取るべき態度は「霊はいるかもしれないし、いないかもしれない」です。上記、2と3は霊の存在を仮定するよりも生理的現象と捉えた方が簡単なのでそうしましたが、残り3つはそうもいきませんので、逆に霊の存在を仮定する方向で考えてみましょう。
まず、1の「朝の5時50分になると控え室の壁をドンドンと叩く大きな音が聞こえる」というものですが、これは毎日休みなく行われ、1~2分の誤差はあれど、必ずこの時間にドンドンと壁を叩いているということです。これが霊の仕業だと仮定すると、この霊には時間の概念があることになります。また、かなり几帳面で根気強い霊だといわざるを得ません。「お前、毎朝、5時50分に起きて欠かさず壁を叩けよ。絶対だぞ、誤差は2分以上認めないからな」とか言われたら、僕なら泣きたくなります。この霊には、かなりやる気があります。
では、彼は何のために壁を叩いているのでしょうか。それが意味のない行為とは思えません。なぜなら、意味のない行為であれば、毎朝律儀に朝5時50分にそれを行う必要がないからです。意味のない行為なのだから、気が向いたときに適当に叩けばよいのです。だから、この幽霊が朝5時50分に壁を叩くことには、きっと何か意味があるはずです。
そして、その行動に意味がある以上、その幽霊には従業員に対する害意がないということになります。意味なく壁を叩いているなら、意味なく従業員を呪い殺すかもしれませんが、意味を持って壁を叩いている以上、その意味は従業員に対する害意ではないからです。あえて言うなら、「早朝に大きな音を立てて熟睡を妨げよう」という害意ですが、それは隣人が朝からエレキギターをかき鳴らすのと変わりません。
そう考えると、この幽霊は「毎朝5時50分に壁を叩く」という規則性ゆえに、その恐ろしさを失ったことになります。これはつまり、その幽霊の行動に「意味」が生じたからです。そもそも、この99SHOPのケースは(2の金縛りは怖いけれど)1、3、4、5と、どれも大して実質的な問題ではありません。壁がドンドン鳴ったり、台車の音がけたたましく聞こえても、「うるせー」で終わりですし、スナック菓子が棚から落ちたら、「めんどくせー」で終わりです。
例えば、クソみてーなガキがふざけてスナック菓子を棚から落としたら、従業員はきっと「めんどくせー」と思うでしょう。一方、それが、目に見えない何かが落としたのだとすると、「はわわわ、幽霊!」となるわけです。しかし、現象としては、どちらもお菓子が落ちただけ。「めんどくせー」出来事でしかありません。
僕たちが幽霊を恐れるのは、その現象が「理解ができないから」です。しかし、それは理解ができないだけであり、そこに害意があるのかは定かではありません。で、実際に壁がドンドン鳴ろうが、お菓子が落ちようが、さほどのことはないのですから、これはもう現象をありのままに受け止めるしかないのではないでしょうか。つまり、壁がドンドンなった時は「恐ろしい」ではなく、「うるせー」と感じるのが正解であり、お菓子が落ちた時も「めんどくせー」と感じるべきなのです。
幽霊に対して、「恐ろしい」と感じるべき時は、それが現実に何らかの害意を向けて来た時だけなのです。クソみてーなガキがお菓子を落とした時は「めんどくせー」だけですが、ガキがナイフを振り回しながら襲い掛かってきたら、きっと「恐ろしい」と感じますよね。幽霊もたぶんそれと同じなのです。
僕たちは幽霊が何を考えているのか分かりませんが、同様に他人が何を考えているのかも分かりません。ならば、幽霊が引き起こす現象と、他人が引き起こす現象の間には本質的な違いはないのかもしれません。ただ、そのメカニズムが科学という信仰体系では理解できないだけです。だから、僕たちは、その現象のみをもってして、「うるせー」「めんどくせー」というべきではないかと、そう思うのです。
<99SHOP新入りアルバイターとベテランアルバイターの理想的答弁>
「先輩……、毎朝5時50分頃、控え室の壁がドンドン鳴るんですけど……」
「……ああ、あれね。それ、たぶん幽霊。ホントうるさいよね、マジ寝られないよねww」
「あと、陳列していたスナック菓子が勝手に落ちたりするんですけど……、絶対落ちるはずがないのに……」
「うん、それも幽霊。まったく面倒だよねー。いちいち直さにゃならんこっちの身にもなって欲しいよ」