【8/2】『闇の土鬼』に学ぶ、少年漫画諸問題の解答例


 横山光輝先生の「闇の土鬼」を読みました。これは非常に良く出来た漫画で、現在の少年漫画の諸問題に対する一つの解答例でもあったと思います。今回は「闇の土鬼」から、問題を三点に絞って、その解答例を紹介したいと思います。

 ***

あらすじ

 徳川幕府には「裏の武芸」を用いる暗殺集団「血風党」があった。血風党の脱党者である大谷主水に育てられた土鬼は、大谷から「裏の武芸」を仕込まれて育つ。しかし、ある時、大谷は血風党党員に殺されてしまう。大谷の最期の願いは、武芸の才能を持つ土鬼が「裏の武芸」を完成させることだった。土鬼は血風党の党首である無明斎と戦うことで己の武芸を完成させ、殺戮集団と化した血風党をついでに殲滅しようと考えた!


問題1、主人公が不死身であることをどう処理するか

 これはワンピースに顕著なのですが、いくらかの少年漫画では主人公たちは敵に何をされても死にません。どう考えても死ぬはずのダメージを負っても、彼らは決して死なないのです。というのも、バトル漫画である限り、主人公は常に完勝を繰り返すわけにもいかず、敵と殺るか殺られるかの互角の戦いなどをして緊迫感を出さなければならないため、どうしても無傷ではいられないのです。

 しかし、そういった理由は分かっていても、主人公たちの謎の不死身っぷりを読者は簡単に納得できるものではありません。ワンピースに至っては、緊迫感を出すために傷を負っていたはずなのに、彼らがあまりに不死身すぎるため、逆にどんなに傷を負っても緊迫感が感じられない(=死ぬ気がしない)という本末転倒な状態に陥っています。

 ワンピースにおいて個人的に問題と思うのは、彼らが不死身であることの説明がないことです。悪魔の実の能力者であるルフィや、剣豪を目指していたゾロなどは、まだ騙されても良いのですが、普通の女の子であるナミや、村のウソツキだったウソップまでが不死の肉体を有していることには、どうしても疑問を抱かずにはいられません。

 では、この点を「闇の土鬼」ではいかにして解決しているのでしょうか。ここで横山先生が用意した答えは……


「特に理由はないが、土鬼はとにかく生命力が強い」


 というものでした。「なんだそれは。それじゃワンピースと変わりないじゃないか」と思うかもしれませんが、それは違います。土鬼の場合は物語の導入部分において、「土鬼は間引きのために両親に殺されそうになり、土中に埋められ、上から鍬まで振るわれたが、驚異的な生命力で生き残った」というエピソードが入ります。土鬼の育ての親である大谷主水は、赤子の土鬼の驚異的な生命力に驚き、彼を引き取ることにし、「裏の武芸」の使い手として土鬼を育てたのです。

 つまり、「主人公だから不死身」なのではなく、「不死身だから主人公になれた」のです。どちらもご都合主義であることに変わりありませんが、土鬼の場合、「そういった超珍しいやつが主人公になった」わけですから、読者としては、もう納得する以外にないのです。これで土鬼は「死ぬほどの大怪我を負っても死なない特権」を手に入れました。

 なお、「不死身」といっても、土鬼は本当に不死身なわけではありません。首を切られたり、心臓を貫かれたりすれば(たぶん)死にます。また、死ぬほどの大怪我を負ったら、死線をさまようので当分の間は動けなくなります。劇中で土鬼は二度瀕死になりましたが、回復中は敵が来ても仲間に逃がしてもらう以外ありませんでした。土鬼の不死身性は「大怪我では死なないけど、とどめを刺されたら死ぬ」ために、戦闘の緊迫感も保たれています。

 ちなみに、「不死身だから主人公になれた」土鬼以外の人物はどうかといえば、不死身じゃないんだからもちろん簡単に死にます。土鬼の仲間である「超スゴ腕の伊賀忍者」などは、鉄砲持った足軽に撃たれて死にました。


問題2、主人公は多人数戦にいかにして挑むべきか

 基本的にバトル漫画で多人数戦を描くのは難しいものです。1対1のタイマンに比べ、チームバトルは遥かに難しく、多くの漫画では主人公が多数の敵を相手にする時は、ばったばったと敵をなぎ倒して終了です。敵がザコでない場合は、(特にナルトに顕著ですが)なんだかんだと理由を付けて1対1の戦いに持ち込むことが多いです。角都戦において、敵を1小隊で囲んでおきながら、ナルト一人に戦闘を任せて解説に徹していたカカシ&ヤマトを思い出して下さい。

 では、主人公が一人で多数の敵を相手にする場合ですが、これはどうすれば良いのでしょうか? 一人で多数の敵をばったばったとなぎ倒すのも爽快感があって良いのですが、いつもそれでは芸がないですよね。では、「闇の土鬼」の解答例を見てみましょう。主人公が多数の敵を相手にすることになった場合、土鬼は……


 勝てませんでした。


 これは、とても納得のいく答えです。相手は一人一人が裏の武芸を学んだ血風党。一兵卒に至るまで並の武芸者ではありません。素晴らしい才能と技術を持った土鬼は、1対1の戦いであれば血風党相手にもそうそう遅れは取りませんが、多くの血風党に囲まれてしまうとやっぱり勝てないのです。4人の血風党に囲まれた時の「四対一では勝ち目がないな」という土鬼のセリフが象徴的です。

 ここで、劇中で主人公が戦った多人数戦と、その結果を挙げてみましょう。

ⅰ)vs血風党4人:二人倒したところで敵に加勢が現れ、囲まれて敗北。瀕死。
ⅱ)vs血風党7人:目くらましなど戦術を駆使して各個撃破するが、5人目に深手を負わされる。7人全員をなんとか倒すが自身も瀕死。
ⅲ)vs血風党多数:戦術を駆使して逃げる
ⅳ)vs血風党多数:持病により不利だったこともあり、すぐに捕らえられる。今にも殺されそうなところで、敵に見逃してもらう。
ⅵ)vs血風党10人ほど:5人ほどを瞬殺

 このように多人数戦では5戦中2戦は敗北し、1戦は相打ち。1戦は逃げただけです。主人公は劇中で強くなっていきますので、最終的には敵5人を瞬殺する程の技量に達しますが、基本的には多人数戦では勝てないのです。

 終盤で主人公は敵の本拠地に乗り込みます。当たり前ですが、敵の本拠地に乗り込む際は、多数の敵戦闘員との戦いを強いられます。多人数戦で勝てない土鬼は、血風党の戦闘員を皆殺しにできるのでしょうか? 実は「第三勢力(柳生一門)が主人公の代わりに血風党を皆殺しにしてくれる」のです。なので、主人公は敵本拠地に乗り込みながらも、敵の四天王を各個撃破するだけでよく、多人数戦を回避できるのです。


問題3、悪の組織はいかに振舞うべきか

 多くの場合、主人公チームは少数です。それに対して、悪の組織は「組織」というくらいですから構成員多数です。トップがしっかりとしており、アホな命令を出したりせず、適切に対処すれば、少数の主人公チームなど倒せて当然なのです。しかし、いくらかの漫画では、そういった強大すぎる敵を弱体化させるため、敵をアホにすることがしばしばです。これはブリーチに顕著ですね。敵の首領(藍染さま)が紅茶を振舞いながら、「主人公チームが攻めてきたので幹部は自宅待機!」などの命令を出したりします。敵がなぜか自宅待機してくれたおかげで、一護たち主人公チームは敵幹部の各個撃破が可能になるのです(主人公チームもなぜか戦力分散しましたが……)

 闇の土鬼では、敵組織の血風党はそういうアホなことはしません。もちうる兵力を十分に使って、しっかりかっちりと土鬼を殺しにきます。ここでは一例として、敵の取った序盤の戦術を紹介しましょう。

 まず、土鬼は敵の首領、無明斎の情報を掴むため、血風党の党員を一人ずつおびき出すことにします。しかし、血風党はバカではないので、ノコノコ一人ずつ出て行ったりしません。四人同時に現れて土鬼を囲みます。前述の通り、土鬼は「四対一では勝ち目がない」ので、戦いながら逃げようとしますが、そこにさらに大勢の部下を率いた無明斎が現れ、逃げようとする土鬼を取り囲みます。さらに土鬼の右目が潰れているという弱点を突いて、右側から矢を射かけるので、土鬼といえどもこれはかわせません。全身に矢を受けた土鬼は、ハリネズミの如くになり、川を流されていくのです。(血風党の唯一の誤算は、土鬼が不死身だったことなのですが……)

 また、中盤以降、血風党の雑兵は「土鬼の方がオレたちより強い」ことを認識し、基本的に1対1の戦闘を避けようとします。タイマン状況で出会った場合は、戦うことよりも仲間を呼ぶことを優先します。さらには、休んでいる土鬼を見つけても急に襲い掛かったりせず(この時血風党は3人いたにも関わらず)、仲間が集まるまで、じっと見張り続けるのです。常に数を揃えて確実に土鬼を仕留めようとする、とても正しい行動だと思います。

 次に、敵の首領、無明斎について見ていきましょう。無明斎にとっては、いちテロリストである土鬼のことなど、さしたる問題ではありません。もちろん、土鬼は頭の痛い問題ではありますが、彼にとっては、そんなことよりも幕府が血風党を潰そうとしていることの方が重要事なのです。

 そこで、彼は土鬼のことは片手間に処理しながら(それでも十分な対処を取りながら)、主に、幕府の動きを牽制するため奔走することになります。手始めに、かつて幕府の命で行った暗殺者の名簿をチラつかせて幕府重臣を脅しておきます。その上、権力者の庇護を求め、徳川忠長の下に身を寄せて、忠長の家光に対する憎悪を利用するのです。巻物という「保険」が機能しているにもかかわらず、その安全性を過信することなく、忠長という次なる「保険」を確保するのです。こんなに組織のことを考えて、先手先手を打つ悪の組織の首領はそうそういるものではありません。(残念ながら、無明斎が忠長の下に身を寄せたことすらも、幕府重臣である伊豆守の策略に組み込まれてしまうのですが……)

 無明斎は考えうる限りベストな戦術(土鬼に対して)と政略(幕府に対して)を用いて、なお敗北するのです。


 ***

 ここからは余談ですが、この無明斎は最後、ステロタイプな悪役では終わりませんでした。

 身を寄せていた忠長の立場さえ危うくなり、血風党が幕府に潰されることは避けられぬと知った無明斎は考えを改めます。捕らえていた土鬼を放し、部下の四天王と戦わせ、彼らに勝利した土鬼に自分の技の全てを伝えたのです。己の武芸を伝え、悔いのなくなった無明斎は、血風党討伐隊(野牛一門)との開戦を主張する部下を説得します。「幕府がそういう態度なら、われわれも一矢報いようぞ」と猛る部下に対し、

「しずまれ」

「その気持ちも分からんでもない。わしの指揮のもとに、おまえたちが力をあわせれば討伐隊に一泡ふかせることができよう」

「しかし、いまの幕府の力を甘く見てはいかん。幕府は失敗したからといって、諦めるわけではない。第二、第三の討伐隊を繰り出し、最後には我々は敗れる」

「それより、いまひそかに山を下り、どこかの土地でおとなしく暮らせば、幕府もそれを大目に見るくらいの情けはあろう」

「わしと違っておまえたちはまだ若い。無駄に命を捨てることはない」

「分かったら、そうそうにこの城を立ち去れ。さらばじゃ」

 といって部下を去らせるのです。この後、無明斎だけは切腹することになってしまいます。彼は敵組織の首領ではありましたが、その行動理念は己の組織と部下を守るためのものであり、最後は土鬼と師弟愛らしきものまで生まれていました。悪の組織の首領が部下思いで、最後は主人公と師弟愛を育むというのは余りにも極端なケースと思いますが、「ステロタイプではない悪役」の一例としては、言及すべき価値のあるものだと思います。こんな悪役そうそういないですよ。


 ***

 別に、昔の漫画が今の漫画より面白いとか、そういうことが言いたいわけではありませんが、「今の漫画に感じる疑問をクリアーしていた漫画が、昔からちゃんと存在していた」という例として、闇の土鬼を紹介してみました。主人公が不死身でも、多人数相手に勝てなくっても、敵が頭良くっても、漫画を面白くできる解答例の一つということです。

「闇の土鬼 上」
「闇の土鬼 下」


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