「だからなんなんだ」
真犯人が明かされたとき、僕が思ったのは、まさにこの言葉でした。思えば、真犯人の名前が、この本で一番ムダな情報でした。
例によってネタバレしまくりの感想なんで、未読の人は読まないでね。
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いやー、コズミックは良かったですよ。No.5から「読んだら引き裂きたくなる」と言われたので、どれほど酷いか楽しみにしてたんですけど全然酷くなかったです。むしろ、ジョーカーの方が、一発目だった分だけダメージが大きかったかな。コズミックは二回目なんでだいぶ慣れてましたね。真犯人は松尾芭蕉!……と、見せかけて、実は本当の真犯人は卑弥呼だった! ……というのもフェイントで、本当の本当の真犯人は曹操だったのだー!と、言われた時には「だからなんなんだ」って思いましたけど、でも別に酷いとは思わなかったです。ジョーカーも同じようなもんですしね。それにしても、真犯人の名前が明かされて「だからなんなんだ」と思ったミステリは初めてですよ。
で、ジョーカーと同じく、コズミックも話の組み立て方が非常に巧いです。退屈極まりないコズミック上巻は、いわば作中作であり(実際はちょっと違うけれど)、その作中作のみが示された状態から推理が始まるというストーリーです。コズミック上巻の内容の全てが「手がかり」(読者にとっては推理のための「武器」)という設定は非常に面白いです。下巻に至ると、退屈ばかり感じていた上巻が、急に大切なものに思えてきます。まあ、どんなに大切に上巻を扱っても、なんら推理に寄与しませんけどね……(メイントリックの「いちばん大切なところ」の辻褄、つまり「地の文がウソをついている」のためには必要なんですが)。
また、「平安時代、江戸時代にも同様の密室連続殺人が起こっていた」という展開が非常にアツいです。1200年に渡り不可解な密室殺人が起こり続けてたなんてめちゃくちゃ燃えますよ。本書では「平安時代の密室ダイジェスト」が一番心躍りましたね。
で、それほど読者をヒートアップさせておきながら、オチがアレ。これは文句を言う人も多いと思うんですが、しかし、全部清涼院先生の狙いなんだから仕方ない! 「全員自殺(みたいなもの)でしたー」というトリックは、目撃者全員共犯だと言っても、それでも色々と問題が残るし(凶器をどうやってスペースシャトルに持ち込んだんだ、とか)、キレイに解決したとはとてもいえません。でも、このトリックの解決編が、読者にとって「・・・ハァ?」なのは清涼院先生も当然分かってることで、そこでさらに、あの意味の分からない「本当の犯人」「本当の本当の犯人」を持ち出してきたのだと思います。もう、卑弥呼とか曹操とかになると、何がどういう理屈で犯人になってるのかすら、さっぱり理解できません。「真犯人は曹操なんだー!」って言われても、「だからなんなんだ」としか思えないのです。ジョーカーに示したとおり、本当に「真犯人なんて誰でもいい」んですね。
そんな荒唐無稽を通り越して、論理を追う気すら起こさなくさせる「本当の本当の真犯人」を用意した清涼院先生の狙いは明らかです。「全員自殺でした」だけでは、「つまらないミステリだった」と思われてしまう恐れがあるからです。そうではなく、「全員自殺でした、しかも真犯人は曹操です!」ということで、読者はつまらないとかそういう問題ではなく、本当に「どうでもいい」気持ちになってしまうのです。トリックも真犯人も本当に「どうでもいい」ので、読者はそこをもってしてこの作品を評価できなくなるのです。ああ、ここは評価すべきポイントじゃないのだな、と。
そして、コズミックの最後にこんな言葉があります。
……いつまでも、語り継がれる伝説がある。
それは、決して解けない謎に守られている。
君が耳を傾けたのは、伝説という永遠の夢。
華麗なる没落のために、儚い夢物語を聴く。
これは僕の解釈なのですが、清涼院先生が描きたかったのは「1年間で1200の密室殺人」と、それに対抗する「超人的探偵結社」、「平安時代から続く密室殺人」といった『ケレン味』なのだと思います。トリックのナゾとか真犯人とかはど-でもいいのです。だから、語り継がれる伝説(=平安時代から続く密室伝説)の謎は決して解けない(=あんな強引なトリックどうでもいい/解決することに意味はない)のであり、僕たちが胸を躍らせたコズミックの物語は「こんな密室できるわけがない!」というミステリ読者の永遠の夢なのです。そして、華麗なる没落(どうしょうもないオチ)のために、儚いけれど胸高鳴る、ケレン味たっぷりの夢物語(=密室伝説)を描いた清涼院先生。ここに込められた意味は「論理的に納得の行くミステリなんか書いてたら、あんなケレン味出せねーんだよ!」という先生のメッセージなのではないでしょうか。少なくとも僕にはそう受け取れました。そして、作者にメッセージがあり、それが効果的に読者(=僕)に伝わったのだから、コズミックは面白い作品だったと思うのです。
追記:でもメイントリックの叙述トリック(上巻の内容は作中作のフィクションだから地の文がウソをついてても構わない)は良く考えたら面白いや。んー、ちょっと作品に対する評価のニュアンスが変わってくるな…。メイントリック自体は見物の一つであり、そのメイントリックに付随する様々なアラを昇華するために(どうでもいいと思わせるために)犯人が曹操だと考えるべきか。